昭和38年(1963)5月18日昭和天皇・皇后両陛下が宮城県護国神社を御親拝あらせられたことを記念し、昭和53年(1978)10月23日宮城県護国神社が建立した石碑。
碑文は昭和天皇御製「城あとの 森のこかげにひめしやがは うす紫にいま咲さかる」。昭和38年(1963)5月18日仙台へご行幸の際、仙台城二の丸跡の東北大学植物園にてお詠みになられた和歌で、題は「仙台の植物園」。揮毫は宮内庁掌典長東園基文。昭和天皇在位60周年を記念して昭和61年(1986)12月14日宮城県護国神社が建立。
※ヒメジャガ(姫射干、姫著莪、学名:Iris gracilipes A. Gray)は、アヤメ科アヤメ属の多年草。和名はシャガより小型で、似ているから。
昭忠碑は、明治7年(1874)佐賀の乱以来、西南戦争、日清戦争などに従軍した陸軍第2師団所属の戦没者に対する慰霊顕彰碑として明治35年(1902)11月昭忠会により建立された。
塔頂部のブロンズ像は、日本書紀において神武天皇の軍を勝利に導いたとされる金の鵄(トビ)をモチーフとしている。「昭忠」の銘板は小松宮彰仁親王の揮毫による。
設計制作は東京美術学校(現・東京藝術大学)の河邊正夫(全体の設計)、沼田一雅(金鵄像の設計)、桜岡三四郎、津田信夫(金鵄像の鋳造)ら後に各分野を牽引することになる若き芸術家たちの手によるもの。
平成23年東日本大震災によって金鵄像が大破するなど損害を受けるも現在は修復を終え平成28年に基壇上に再設置された。
金鵄像 両翼 約6.7メートル 重量 約4トン 材質 ブロンズ塔 高さ 約20メートル 材質 花崗岩(内部はレンガ)
ブロンズ像部分は、平成18年(2006)10月(財)特攻隊戦没者慰霊平和祈念協会、日本人の心を伝える会により製作。慰霊碑像デザインは塚本哲。「ああ特攻」の碑文・揮毫は吉田學。
ブロンズ像は(財)特攻隊戦没者慰霊平和祈念協会より宮城県護国神社へ奉納され、平成19年(2007)10月23日宮城県護国神社により台座が設けられ序幕式が行われた。
この泉は、我が国の今日の平和と繁栄を念じつつ、遥かなる異国の戦場で力の限りを尽くされ、ついに一滴の水も飲めずに散華された郷土出身者五六〇〇〇余柱の御祭神に、泉の水を捧げ、御霊が永久に鎮られますよう作成した。 石組みは、「宮城の山河」をモチーフにし、武運長久を祈願された産土神社より奉納された石、及び激戦地ガダルカナル島、ビルマ、硫黄島、グアム、サイパン、テニアン、占守島など御祭神ゆかりの戦跡の石、砂、サンゴ礁などを用いて大東亜戦争終結五十年を記念し建立した。
昭和42年(1967)7月山田孝雄先生記念碑建設期成会により建立された石碑。製作は平石材店。碑文は山田孝雄自作・自筆の「天地乃 今わかるゝや 初日影」
昭和38年(1963)9月1日阿部みどり女先生の喜寿を記念し駒草門下一同により建立された石碑。碑文は阿部みどり女先生自作・自筆の「初蝶の 流れ 光陰 ながれけり」