英霊顕彰館では、明治維新から大東亜戦争に至るまでの歴史を、御祭神である御英霊にまつわるさまざまな資料を通してご紹介しています。
ひとつひとつの資料をたどることで、御英霊が生きた時代や、その背景にあった歴史に思いを馳せていただければ幸いです。
また、館内には大スケールの艦船模型をはじめ、さまざまな展示があります。ぜひ実際に館内を訪れ、展示をご覧ください。
英霊顕彰館では、大東亜戦争において各地で任務に就いた郷土出身の英霊を顕彰しています。真珠湾攻撃やマレー作戦、ガダルカナル作戦、特攻作戦など、それぞれの戦いに臨んだ方々の写真や手記、ゆかりの資料を展示し、その足跡を後世へ伝えています。
海軍中佐 鈴木 三守 命
開戦日を機動部隊に伝えた電文(写し)
米国太平洋艦隊の主力を潰滅させたハワイ真珠湾攻撃において第一次攻撃隊空母加賀雷撃隊第二中隊長として活躍するも被弾、遂に敵艦に体当たりをして散華した。

千人針(清野隆男氏所蔵) 出征する軍人にお守りとして贈られたもの。「千里を行き、千里を帰る」と伝えられる虎の図柄を一針ずつ縫い付けてある。
陸軍大尉 安田 憲一 命
「…あー、餓鬼道だ。飢えたのだ――だが忍べ!」
随感録及び随想録(安田忠彦氏所蔵) 昭和16年12月より自筆の日誌に、戦陣における一部始終を書き残している。中でもガ島での記述は過酷な戦況を克明に描写している。
海軍中佐 齋藤 哲三郎 命
齋藤 哲三郎 命 関係資料(浅山みの氏所蔵) 手紙は五十鈴の航海長・齋藤中佐の最期を、当時部下だった竹下哲夫氏が綴ったものである。齋藤航海長は沈みゆく 五十鈴の甲板で「若い者は再起を図れ」と乗組員に退去を命じたのち、自らは艦と運命を共にした。最後の瞬間まで微笑みと敬礼は崩さなかったという。
海軍大尉 小野寺 徳治 命
小野寺 徳治 命遺書(小野寺博重氏所蔵)
「日本に生を稟けし男子が御盾となりて散るぞ嬉しき」
三浦 襄 命
デンパサール郊外にある墓 「独立を約束できず謝罪のため人柱となる。屍を越えて独立を獲得せよ」とバリ島民に告げ、自決。同島民には今なお『バリ島の父』として記憶される。
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